3月21日(土)
前日までの天気予報は晴れ、気温は19℃の予報となれば今年一番のツーリング日和 。
日の出前から仕度してお隣り三重県まで御城印集めの為に城&城址を攻略です!
プラン&出発
お隣り三重県の御城印を配布している城or城址は7箇所。simのグーグルマップには御城印を手に入れてない場所は緑の旗印(行きたい場所)を既に打ち込んであります。その内の伊賀上野城はコロナウィルス対策で休館なので通り道の亀山は今回スルー。津城址から時間の限り南下する予定。御城印を購入し次へ進むだけなら可能だろうけど、やはり城を感じ楽しみたいのでどれだけ周れるかは不明ですし、コロナウィルス対策で休館もあるかも知れないので夕方には折返したいですね。
そしてもう一つのお約束は『高速道路は使わない』です。
高速道路を使えば簡単に早く行けますが、その土地を感じながら『ゆったり•まったり•のんびり』がsimのバイクの楽しみ方。時には道端で農家の人が売ってる果物を買って、その場で おばぁちゃん と話をしながら食べたり、信号待ちで隣に止まったライダーさんと一声かけたりと楽しみながらがsimのライディングスタイルですので。(◍•ᴗ•◍)❤
津城址
津は昔 安濃津と言われていたため、安濃津城とも言われます。
織田信包が創築。以後、 津は城下町として発展してきました。本丸を中心に出丸を置き、幾筋かの河流を城の外堀に取り入れた防御には堅固な城でした。
その後、豊臣秀吉家臣の築城の名手である藤堂高虎が四国伊予の今治から移封し、大規模な改修を行い、北側の石塁を高く積み直し、その東北と西北に三重の櫓を造りました。城の周囲に武家屋敷を作る一方で、伊予から連れてきた町人たちを岩田川の南に住まわせ、 伊予町を作りました。さらに高虎は、参宮街道を城下に引き入れたり、城の東に堀川を切り開いたりして津の基礎づくりを行い、以降 津は32万石の城下町として栄えてきました。
明治になっても町はほとんど旧城下町のままでしたが、明治の終わり頃になって外堀が埋められ、 新しい道や町が作られ、現在では、津の中心地として栄え、本丸・西の丸・内堀の一部を残すのみとなりました。
御城印
愛知からR23を西にひた走る事、約2時間。地理的に御城印の販売をされている津市観光協会の観光案内所のが近かったので御城印入手→津城址の順に訪問する事に。
観光案内所は津駅の建物『アスト津』1Fにある為、バイクの置ける駐車場探しを...。駅周辺なので複数のコインパーキングや30分無料のアスト津の専用駐車場はありましたがバイクは停められず、駅周辺なので駐車禁止区域だし...(>o<")
グルグルと巡っていると津AEONを発見 !!
まぁ、タダで停めるのも気が引けるのでAEON内のマックで朝食 ( ´∀` )b 朝食べて無かったし...。
AEONから10分程歩いて観光案内所で御城印ゲットです!
駐車場
駐車場は津市営お城東駐車場がありますが、コインパーキング...。またもやバイクが仇に (^o^;)
お城を挟んで反対側の市役所の駐車場に行ってみるとOKとの返事が (^o^)=b
しかし、駐輪場に停めろとの話し...。
駐車場かなり空いてるのに...。
しかも駐輪場は柱と自転車で狭くて入れんやん (^o^;)
しばらく構内をグルグルしていると離れた所にガラガラの駐輪場を発見 !!
なんとか停められました。
前にも書きましたがsimは駐輪場にバイクを停めるのは危険だから反対派です。
熱々のマフラーに隣の自転車の人の脚が少しでも触れたら大やけどです。特に子供等はマフラーが熱いなんて知る由もないし...。
城址攻略
市役所からだと西側から入る事になります。
美しい石垣が出迎えてくれました。
津城跡の案内看板を読み進んで行くと、左手に美しい庭園、正面に入徳門がありました。
本丸のあった場所は公園の中心といった感じの憩いの場になっており、子供連れの家族や、観光者、近くに住んでおられると言った感じのご老人が自転車を停めベンチで休憩していました。
ここの北側には高山公遺訓の碑がありました。
高山公とは藤堂高虎
ここには『(毎朝)寝室を出る時に、今日死ぬかもしれないと覚悟すると、物事に対して動じることはない』というような事が書かれています。
公園中央の遺訓とは反対側には藤堂高虎の像が威風堂々と建てられていました。
中央から東に抜けると櫓が再建されていました。
一旦、外に出たりとベストな写真ポイントを探したのですが津市の中央であるためか、太い電線邪魔ですね... (>o<")
櫓は入れませんが石垣に登り入口までは行けます。
帰りに市役所に入ってみると藤堂高虎に関する物が展示されていました。
松坂城址
松坂城は豊臣秀吉家臣だった蒲生氏郷公が築城した近代城郭であり、旧領である近江日野 6万石から伊勢12万石に出世した際、氏郷は元の城を廃して3層天守を持つ総石垣造りの平山城を建てて、その地を松坂と名付けた。その後 氏郷は会津60万石に大出世した。松坂城は幾人かの城主を経た後、紀州徳川家の所領となり陣屋が置かれた後、維新を迎えた。天守は台風で倒壊したと伝わっており、他の建造物も焼失や破棄などで無く、現在は城下町の米蔵しか残っていない。広大な曲輪と壮大な野面積みの高石垣が当時の規模を伺うことができる。
駐車場
津城跡から30分程で松坂市役所に到着です!
松坂市役所は土日は無料開放されているとの情報から市役所に駐車。自転車、バイク用の駐輪場です。
御城印
市役所を出て左手にお土産やパンフレット、御城印を販売している『豪商のまち松阪 観光交流センター』、右手に『松坂城址』があります。
simは観光交流センターで御城印と今回のお土産を買い、城関係のパンフレット、観光案内MAPを頂きましたが、松阪駅近くにも観光案内所があり御城印を購入できます。
松坂城址
立派な石垣が迎えてくれます。石垣の大きさから大きな規模の立派なお城だった事を伺うことができます。
城内に入ると先ず『松阪市立歴史民族資料館』があり、貴重な展示品を見る事や松阪の歴史が学べます。
二階は染色や織物についても学べ、外にはこの地に残った鬼瓦を拝見できます。
資料館を出て進んで行くと櫓跡、本丸跡、天守閣跡等を見て周れます。内部も石垣が見事です。
桜や城内の梅林が春を感じさせてくれました。
城内に『本居宣長資料館』や『旧宅』が有料ではありますがありました。
本居宣長旧宅
本居宣長記念館
大河内城址
応永の時代、伊勢国司 北畠満雅は弟である北畠顕雅をこの地に配し、北朝の攻撃に備えるために築かれた。
かなりの年月が経ち、織田信長が南伊勢に侵攻すると伊勢国司である北畠具教がここを本拠として信長軍と対峙した。 具教は籠城の末、信長の次男信雄を養子に向かえ家督を譲ることで和議を結び隠居した。
信雄は家督を嗣ぎ大河内を本拠としていたが、後に田丸城を改修し本拠を移した事により、大河内城は廃城となった。
トラブル
市役所を出て20分程で『松阪市大河内地区市民センター』に到着です。ちょうど町の公民館といった建物でした。
しかし、閉まっている...(^o^;)??
カーテンは閉じられ、インターホンを鳴らしても誰も出て来ません...。
市民センターのフェンスに大きな大河内城址の地図とクリアボックスに案内パンフレットと地図などが入っていました。一部頂き、また御城印を頂ける日に出直すために城址攻略はお楽しみとして止めておきました。
残念です... (>o<")
田丸城城址
玉丸城と言われ、南北朝時代に南朝方の拠点として北畠親房、北畠顕信によって築かれたといわれる。後に織田信長の次男で北畠氏を継いだ織田信雄の大改修をし、田丸城の誕生となった。
駐車場
大河内地区市民センターから30分で玉城町役場に到着 !!
役場の駐車場にバイクを停めさせてもらいました。
時間も15時半近くなり日も傾いてきているので、今から城跡攻略をして帰りの時間を考えると...
本日最後の城です。
御城印
御城印は役場の目の前に建つ『村山龍平記念館』で頂けます。記念館の受付けで御城印が欲しいと伝えるとスタンプを貸して頂けます。自分で押すタイプの御城印です。しかし無料です !!
こういう御城印もあると聞き、simは以前から和紙を御城印の大きさにカットし持ち歩いていました。
城址攻略
日も時間と共に傾きが増しているので急いで攻略です。
ニノ門跡から入城です。
石垣の向う側は中学校です。城跡の石垣内側に学校とはと驚きで、この学校ぐるりと石垣に囲まれていてsimには羨ましい限りです。生徒は毎日立派な石垣を越え登下校してるんでしょうね。
ちょうど学校をぐるりと回るように石垣や土塁があります。
富士見門、土塁、石垣、本丸虎口と見事な遺構を見ながら進むと本丸に到着します。
本丸跡は広く、周りを見渡せる景色の美しい所でした。
本丸跡の一番奥に夕日を浴びた天守跡の石垣が美しかったです。天守跡の石垣に立つこともできました。
二ノ丸跡から搦手道へと降りて行きます。やはり途中の土塁、内堀などが美しく見事に残っています。先に見た松坂城址の壮大な石垣にも感動しましたが、ここはそれとは違い美しい石垣に感動しました。
石垣が好きな方は早朝や夕日を浴びた天守跡の石垣を是非見てもらいたい場所です。
その後
結局、美しい石垣に魅入られて1時間以上も田丸城址で過ごしたために帰宅の途についたのは16時半過ぎです。もう少し足を延ばせば鳥羽城址でしたが、大河内城址も攻城していないので次の機会に...。
そこからノンストップで愛車を走らせ家に着いたのは20時過ぎでしたが... (>o<")
最後に
自分の趣味であるツーリングと城巡りの組み合わせ。
いつもながらに思うのは駐車場が... (>o<")
コインパーキングに入れない、自転車置き場での他人への危険など...。
でも、懲りずに極力バイクでコレからも回ります (。•̀ᴗ-)✧b
バイク乗りのおまけ
いつもと違い今回は行き先をアバウトに時間の限り順に南下して行くという城巡りをしました。やはりスマホでのナビは便利でした。simは『NAVITIMEのツーリングサポーター』と『グーグルマップ』を何度も操作して駆使して走りましたが、タッチパネル対応のグローブではなくて途中まで苦労しました。操作の度のグローブの脱着面倒臭いですからね〜 (>o<")
途中でタッチペンを購入してみましたが、やはりタッチペンのポケットからの出し入れが...。
何か無いかとDAISOで見付けたのがコレ
バイクに取付けてみると、信号待ちでもサッと取り出せて便利でした ( *´艸)
タッチパネル未対応のグローブをお使いのライダーさん、お試しあれ〜 (◍•ᴗ•◍)❤
コロナウィルスで行けなかった伊賀上野城&通り道の亀山城、今回閉館していた大河内城址&時間の無かった鳥羽城址と最低でもあと2回 は三重県に再訪しなければ...
それでは今回はこの辺で〜 (◍•ᴗ•◍)ノシ